「航空宇宙学への招待」ができるまで

本学の航空宇宙学科は、50年を超える歴史を有し、航空業界や宇宙関連産業界をはじめ、鉄道や自動車などの輸送機器の開発や運用、サービスに至る幅広い分野に加えて、広く機械系から電気系、通信系までの多くの分野に学生を輩出してきている。
これらの業界で活躍している人たちの中にあって、そもそも航空宇宙学科という、日本にはあまり多くない学科で学んできたということが、どのように受け止められてきているのか、ずっと気になっていた。他学科と違いがないなら、学科の存在意義が問われることになるし、そもそも50年も続かなかったかもしれない。
しかし、本学科で学びたいという学生を着実に毎年迎えていると、いうまでもなく、航空宇宙学という学問分野に、強い憧れや夢を持っていることには疑う余地がない。
そういう期待を持って、学科を選び進学できるというのは、つくづく良い時代になったものだと思う。
しかし、こういう状況だからこそ、この先いつまでも続くと楽観視をせずに、今やるべきことは何か、できることには何があるのか、それを考えてきた。
周囲の状況、社会情勢も、徐々にではあるが確実に変化をしてきている。少子化やそれに伴う受験者数の減少などへの対応が進んでいる中で、学科独自の取り組みも求められている。そのような背景の中で、大きく次の三つの観点から、書籍の制作を検討するようになった。
(1)入学した学生の初年次教育の補助教材
(2)在学生が専門科目を学ぶ上での羅針盤
(3)在学時に選択しなかった科目を卒業後に自習するための手引き
最初の「入学した学生の初年次教育の補助教材」は、昔からよくある入門書のことであり、航空宇宙の分野でも類書が複数ある。
しかし、広い学問分野をある程度網羅した入門書というのは、なかなかバランスをとるのが難しく、編集方針や執筆者による片寄りは避けられない。 また、日進月歩の先端技術分野においては、いわゆる枯れた技術と新しい技術分野の配分や選別が難しく、いわゆる時代を感じさせるものになってしまう。
もちろんそういうコンテンツを更新しながら運用していくという手もあるが、執筆者の負担を考えるとなかなか難しい。
そのような中で、書籍というオーソドックスな方法で、しかし大きな大学の特性を活かして様々な分野の専門家が執筆をすることで、これまでの入門書にはない、この分野の技術の歴史的な推移と、そこに新しい技術や話題を織り混ぜることで、時間を経ても陳腐化しない内容にすることができた。
次の「在学生が専門科目を学ぶ上での羅針盤」は、まさに勉強たけなわで忙しい2年次生以上を対象に、数多くの選択科目から何をどう選ぶかという指針を得るための、その考えを促すためのコンテンツの提供を指している。
大学では、2年次から専門科目が増えていくので、学生の学びも多忙を極める。さらに、3年次からは卒業研究に向けた事前学習もスタートし、さらには将来の進路も考えるようになると、さらに多くの専門科目を選ぶことが必要になる。
数多くの選択科目から選べるのも本学の特徴の一つだが、学生にとっては選択の自由度が大きい反面、何をどう選べば良いのか迷うケースが増えてくる。そういう相談に個々に応じるのは教員の役割とはいえ、選ぶのは学生であり、選んだら最後までやり遂げることが学生には求められている。
本書は、こういう選択科目を学生自らが能動的に選べるようになるための手段をも提供している。
三つめの「在学時に選択しなかった科目を卒業後に自習するための手引き」が、実は本書のもう一つの価値を表している。
現在のように選択科目が中心の履修形態になってくると、当然ながら選択しなかった科目というのが出てくる。しかし、社会に出ると周りの目は意外に厳しい。ましてや、他大学にはあまりない学科だと、「航空宇宙の出身だから」という目で見られがちである。
それはそれでありがたいことではあるが、当然ながらその期待に応えなければならない局面にも立たされる。これは、本学科に限ったことではなく、大学の卒業生には、そもそも必要であればなんでも学んで吸収するという本当の意味での応用力が求められている。
本書は、社会の荒波を超えるための強力な道具として携えてもらえるようにもなっている。
以上の3つに加えて、最後に副次的な観点として「高校生が進路を考えるための情報の提供」の役割も果たしている。
すでに大学や学科で様々な広報活動が行われているが、それに加えて高校生が進路を選ぶ際に使えるような、具体的な航空宇宙学の分野の紹介にもなっている。大学の場合は、ウェブサイトを使った情報発信に加えて、授業の目的や方法を記したシラバスという授業計画書を公開している。
それに加えて、本書はまた違った形での高校生への航空宇宙学という学問分野の情報提供という役割を果たしている。
しかも、そこにはネットで得られるような情報ではなく、航空宇宙学という学問分野への招待というメッセージが込められている。

• 「航空宇宙学への招待」について
• 主な目次
• 「航空宇宙学への招待」ができるまで
• 各章の扉の舞台裏
• 表紙について−なぜ、メビウスの輪か
• 付録:全目次